歌舞伎に恋をして

「私」に生まれたのは、きっと「私であること」を楽しむため。

歌舞伎に恋におちた日のコト。

f:id:egglight11:20160622215940j:plainそれは大雪の日に。

2016年1月の浅草新春歌舞伎。

人生初の歌舞伎。

 

初めて見る鮮やかな舞台はタイムスリップをしたようで、本当に素敵だった。

でもとりわけ心に残っているのは、行く前にかけた歌舞伎座の方への電話。

 

その日は、前の晩からつもった雪で、あらゆる交通機関が朝からマヒしていた。

よりによって…と恨めしく思いつつ、中止になるかもしれないと思い、浅草公会堂へ電話をかけていた。

 

「はい、本日も公演致します。お足下がお悪い中恐れ入りますが、お気をつけてお越しくださいませ。

心よりお待ち申し上ております。」

 

公会堂の方にかわって対応して下さった歌舞伎座の男性が、とても柔らかで丁寧で。

私の口調があまりにも子供っぽく感じられて、どぎまぎしてしまったのを覚えている。

 

歌舞伎の魅力【美しい言葉づかい】

歌舞伎の魅力の一つとして「美しい大和言葉」がある。

少し古めかしい言葉づかいなのだけれど、それがまた堪らなく美しい。

たとえばお酒を勧められた踊り子が

「不調者にございますれば…」

(俺の酒が飲めないのか、と言われて)「どうかお許しくだされませ」と

ゆったりと、でも断固として断る。

あるいは、何かをしてもらった際に

「いたく心に響きました」

「そのお心差し・・・」など。

一つ一つの言葉が丁寧で、その遣り取りは美しい絹織物のよう。

ほう…と見惚れてしまう。

 

大和言葉は一音一音に意味があり、とても奥深くてハマってしまった。

「歌舞伎の魅力」シリーズとして後日まとめたい。

 

あの雪の朝が、私を救ってくれた。

あの頃の私は会社を辞めたばかりで、なんだか心が荒んでいた。

綺麗なのは体面や外側だけで、どうせ現実はドロドロしてると思っていた。

美しさとか、優しさとか、そんなものがとても遠かった。

 

そんなときに「舞台の上」だけではなく「現実」として、やわらかくて素敵な人に(電話越しだけど)会えたことが、とても嬉しかったのかもしれません。

 

あの朝、雪で電車が止まっていて、電話をかけていなければ・・・

ここまで歌舞伎にハマっていなかったでしょう。

 

恨めしかった雪だけれど、降ってくれてよかった。

お蔭で、歌舞伎を好きになって、世界を好きになって、自分を好きになれた私がここにいます。

 

本当に、ありがとう。